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ピアノ教室コンセール・イグレック♪


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スコダの芸術

投稿日:2012-11-20

土曜日の夕方、パウル・バドゥラ=スコダのピアノリサイタルに出かけた。

(11/17豊田市コンサートホール)

Mozart、Haydn、Schubertと、なかでもBeethovenが素晴らしかった。

 

 

この年代の演奏家の音の深みは言うまでもないが、その演奏の源となる拍のエネルギーに聴き入っていた。

清流のごとく迸る、脈々とした音楽のビートの渦を感じていた。

拍の持つ前進力。・・・とてもexciteであり、且つ高雅な香りにつつまれている。

 

 

プログラム最後の「熱情」ソナタは、これまで聴いてきた現代演奏の通念に比すれば、およそベートーヴェンらしからぬ、否それでいてこれこそが真のベートーヴェン像なのだ、と思われるほど、深淵で、崇高で、魂の宿った躍動感と情熱を伝え得るものだったのである。

 

ちょっと、これほどの感銘の経験はない。

 

 

 

1927年生まれのスコダ、今年で85歳になる。

この日は、というのかわからないけれども、流石に右の手は思うようにならないこともあるようで、右手の細かなミスタッチはかなりの頻度であった。

(いっしょに出かけた友人などはまったく気づかなかったようだし、誰しもが、そんなミスなど気にはならないけれど)自らに完璧を求めるならば、とうに引退していることだろう。しかしもちろん周囲の望みも強い。

現代のベーゼンドルファーのグランドピアノから、ピアノフォルテの響きを牽き出すことの出来るイマジネーション。その音だけでも、このピアニストの背景にどれだけ素晴らしい芸術的音楽経験の時間の蓄積があるかが、うかがわれる。まさに人間国宝的な存在である。

 

そして最前列にいた私には、カラヤン、フルトヴェングラーの時代からウィーンの音楽家として、この20世紀という年代を生き抜いてきたスコダにしか出来ない、今となっては変容しつつあるクラシック音楽の伝統美を現代に伝えんとする決意、気迫のようなものを、プログラムの終盤に聴いた気がするのだ。

 

ともあれ、すばらしい集中力と、渾身の音楽への献身力だった。

終演後のロビーは高揚した微笑ましい雰囲気に包まれていた。

 

何か歴史的な文化遺産に遭遇したような、そんな感動。

ギレリス、アニー・フィッシャー、ラローチャ、バルビゼ、デムス、Vlnのギトリス・・・、偉大な芸術家たちの演奏は忘れられないものだが、きょうのスコダの演奏ほど驚愕したのは、晩年のギレリス以来だった。

 

また聴ける機会が授けられたら、と願うばかりです。   

 

 

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