レッスン楽器


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渡邊真里子ピアノ教室


ごあいさつ

渡邊真里子

渡邊真里子

アメリカ人のL・M・メーソンが文部省のお雇い外国人として来日したのは明治13(1880)年のことです。その年から東京師範学校でも唱歌教育が始まりました。この年の9月から音楽取調掛が公募から採用され、日本のピアノ教育が始まりました。その先人達の西洋音楽に対する熱意によって、日本のピアノ教室は地方の有力者の子女へと伝播しました。第二次世界大戦という厳しく暗い時代を乗り越えて、高度成長期のピアノのお稽古ブームにのって、私はピアノを習い始めました。数多くの先生のお世話になり教育した頂いたものを伝授しているのが私の教室です。
 ピアノという楽器を演奏するためにはただひたすら鍵盤に向かうだけでなく、作曲家の人生、ヨーロッパ各国の歴史、美術、言語、文学、舞台芸術など、様々な人文学の知識が必要です。知識だけではなく、作曲家が曲に込めたメッセージを感じ取る個々の感性も大切です。家族や友人の絆をつなぐものは音楽の力です。ヨーロッパのように、ごく普通の家庭でも身近に音楽を大切にする人々を育てているのが当教室です。ご家族の誕生日を祝うときに奏でるもの、介護施設にいる方々に明日を生きる力を与えるのが音楽です。単にピアノ演奏の技術を磨くためだけでなく、人と人とを結びつける教養豊かな人々が集まる場所として当教室は運営しております。

現在の教室の空き状況は、木曜日の午後2時半から午後5時までの間となっております。


私が推薦します

年長の女の子(6歳)
ピアノを始めて2年が過ぎました。最初の1年は、ピアノに向き合うのに精一杯でしたが、2年目には、何となくピアノが身近に感じられるようになってきた気がします。
 先生に選んで頂いている教則本も年齢にあった本で、音符以外の絵などにも興味があり、絵を楽しみながらの練習から、ピアノそのものに興味が移ってきているのがわかります。
 いつか、バッハの平均律をピアノで弾いてもらえたら最高かなと思っています。(ちょっと遠い将来かも)。
Y.Yさんのお父様
ピアノが好きになった小学5年生の女の子
ピアノを始めてからの一年間は、なかなか慣れられず、ピアノに親しめず、結局一年のお休みをいただきました。しかし娘の口から「もう一度ピアノを習いたい」という言葉を聞き、再び先生の元へ。あたたかく迎えていただき、おけいこを再開しました。今ではピアノに向かう時間も増え、興味をもった曲の楽譜を広げています。
このまま楽しく続けられることを願っています。
Y.Kさんのお母様
ピアノと作曲が得意な小学6年生の男子
息子がオモチャの様にピアノを楽しんでいた幼少期からお世話になり6年半になります。先生の個性を尊重してくださる熱心なご指導のおかげで、新しい曲や好きな曲を積極的に演奏できる様になり、自分で曲を作る事にも目覚めました。

最近では同じ曲でも自分の感情次第で演奏が変化する事に気づき、表現力も大切だと感じている様です。

今後は自分が楽しむ事はもちろん誰かが喜んでいる時、苦しい時、人のために弾いてあげたいとピアノに向かい、ピアノと共に素敵な時間を過ごしてくれたら嬉しいです。
S.O君のお母様
連弾が得意な女性
レッスンを始めて9年になりますが、覚えは悪くすぐ忘れる始末です。
やさしい先生との御縁で月2回のレッスンが楽しみです。
レッスンの30分、家でピアノに向うとき、雑多な事を忘れられる貴重で楽しい時間です。この時間を大切にしたいと思っています。楽譜なしで数曲ひける様になるのが目標です。
A.Iさん(70代女性)
ベテランの生徒(シニア女性)
平成15年、知人よりいい先生にピアノを習っていると聞き、一緒に見学に訪問し、早速に入会させて頂いた。以来14年余、変わることなく、レッスンを受けている。
 先生は唯やさしいだけでなく、作曲者の生きた時代背景や個人情報など入れて、曲想を解説して下さる。私としてはそうしたことを思い浮かべながら表現したいと思っても、緊張はする。指が正しく、早く動かない。いつまで経っても初心者のままである。そして年1回、緊張の発表会がある。あまり聞かないシニアとジュニアの合同発表会である。この日を恐れながらも、私は自分のために有効なことだと覚悟している。ワンステップアップとして、1年間のまとめ、次の自分への期待と励まし、効果があると信じている。
 発表会の後は、先生とシニア生徒だけであるが、日頃顔を合わせることのない生徒達と交流しながらの会食が明日からの覚悟を高め合っていくことができる。終わった後の開放感は格別で、その日の夜のワインはおいしい。
H.Yさん(81歳女性)

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