レッスン楽器


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向山敦子ピアノ教室


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父の残したもの

投稿日:2015-11-24

父がコンサートのチケットを一枚残して・・・逝ってしまった。

一緒に行かないかと誘われていたのに、忙しいからとことわった。

父のものを片づけていてふとカレンダーに ドリームホール2時 と

記されているのに気付いた。「あっあの時のだ・・」  しかし

財布にも鞄にもチケットはなく、買わなかったのかなぁと

忘れかけていた。しばらくしてまたぼちぼちと片づけていたら

背広のポケットからチケットがでてきたのだ。 

ジャック・イベールの喜劇舞台用の楽しい曲で始まった。どんな気持ち

で聴くことができるのか見当もつかなかったが、不思議と楽しい曲想のところで

しきりと父のことが思い出された。社交的で明るく楽しいことが大好きだった父。

2曲目は、珍しいライネッケのフルート協奏曲。ソリストが素晴らしく、ロマン派の

数少ないフルート協奏曲を楽しんだ。父は遅れてきたのだろうか?

2楽章のところで私のあたまの右のあたりにふわっと何かが乗っかった感覚をもった。

一緒に聴いた最後の曲は、心の中に深く深くしまいこんだ。

 

名は体を表す?

投稿日:2015-09-09

最近のお子様たちの名前、特に女の子がとても

可愛らしくほほえましい。昔とは全然違ってきている。

子がつく名前は珍しくなってきた。

うちの子もいまむらが、いやだいやだとさんざん言ったり、

小学生になって漢字で智美の美という字をかくと、

虫みたいに見えていやだと言っていた。そんな〜せっかく

うつくしいという字なのに・・・

私の旧姓は向山(むこうやま)という。今では何とも

思わないが幼い頃はいやだった。兄は光一郎というのだが、

やはり小学生の頃、名前を書く練習帳のマスが10個なので

入りきらないと嘆いていた。最近の当て字のような難しい

名前だとテストの時に書くために時間がかかって

一問くらい損するのでは、などと心配になる。

本名の敦子の敦という字は、トンという音を表しており

そのたたくイメージから他を戒めるなどの意味があるらしい。

たたくというとピアノ弾きにぴったりのようだが、

ピアノはおよそたたくのではない。

激する場面で効果的にはたたくことになるが・・

たとえば朗読はよく透る声がよいだろうが、それは叫びではない。

効果的に叫ぶところはあるだろうが常にではないのだ。

そして結婚と同時に私は今村惇子と改めた。

惇はじゅんとよぶことが多いが、あつ〜とも読むことができます。

おそらくペンネームでしょうが、惇(あつ)と読ませている

作家や作曲家がいます。

りっしんべんは心を表していてお気に入りなのです。

 

ここからは大きな声では言い難いことなので小さい声で言いましょう。

ものの名前は本当にそのものをよく表していると思う。人はどうだろうか?

昔から名は体を表すとか、名前負けしているとかいわれるので

傾向はあるのでしょう。以前通った美容院のママが

「自分は今こうしているが、(大変立派である) 昔は由緒ある家で

父親は常に誇りを持って生きるようにと言っていた」としゃべってくる。

そして私に生まれはどこだ、親の故郷はどこだのそういうことばかり

根ほり葉ほり聞いてくるのだ。きっとお客みんなに聞くのだろう。

そして自分の自慢話になる。

誇りを持つということは、優越感を持つことではなく、自らを戒めその名の

とおり、名に恥じない生き方をせよとのことだと思う。私の母もその手の話が

大好きで、NHKの黒田官兵衛をみては、母の母が黒田姓で昔苗字を持った時

黒田の殿様からみんなとったのだと毎回言っている。だからどうだという話だが・・

またいつか徳川の時代がくると信じている徳川家末裔のおばあちゃんも

いたらしいので、まあ昔の人にはとてもとても大事なことだったのでしょう。

人は自由に心のなか思い巡らすことができるのだから、いいのだけれど

公には、そとに向かっては勘弁してもらいたい。恥ずかしいことだと思う。

み〜んなモンゴロイド でしょ? などと書きたくなるところが、

きっと本名の敦の持ってる力、言霊なのかな?こわいこわい・・・

 

 

 

根がネガティブ

投稿日:2015-07-03

ある写真家の方と主人と3人で飲んだ時、

「おたくは、旦那がポジティブで奥さんがネガティブだね」

と言われた。  へーーそうかーーそうなんです!

言われて気づきました。

ネガティブといってもそんなに否定的に物事をとらえたり、

マイナス思考するわけではないのですが・・・

 

音楽はとても好きだけれど、静寂もかなり必要でとてもとても大切。

おしゃべりも少しすきだけど、だまっているほうが好き。

静寂の中だまっていると、自分の声が聞こえてくる。

家の中はシーンとしていてほしいのだ。シーンと音がするくらい。

 

今まで、自分自身〜こうあるべき、すべきの人生だったなぁ〜と思う。

最近はやっとそうでもないような・・?結構わがままにネガティブしています。 

 

 

 

 

 

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