レッスン楽器


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向山敦子ピアノ教室


ブログ

ミュンヘン・バッハ管弦楽団

投稿日:2017-10-10

日曜日の午後

初台のオペラシティに行ってきました。お目当ては、ミュンヘン・バッハ管弦楽団。

カール・リヒターが創設した世界屈指の管弦楽団である。

大好きなのでバロックの室内楽を聴く機会は多くあるのだが、

今までで一番良かったのではないか!!と思うのです。

バッハの音楽はこんなにもまるでドイツ語のように

アクセントをつけるのかと思い知った。ふんわりとした

心地よいハーモニーの楽団が多い中で、

このつめたく澄んだ空気を作り出す楽団はなんとしたことだろう。

つめたいといっても、かさかさしてなくて、しっとりとしたドイツの

ふかーい森のなかに舞い込んだかのような空気が漂っている。

オペラシティ コンサートホールがこれまた良いのでしょうね。

日本屈指のコンサートホールだと思う。

大阪のシンフォニーホールがとてもいいらしいのだが、まだ

いったことがない。サントリーは、いい、いいと言われますが、

私は残響が長すぎて、あまり好みではない。


今回はオールバッハであったが、なかでも嬉しかったのが、

協奏曲です。オーボエ、ヴァイオリン、ファゴットなどのソロに

美しい弦のハーモニーが加わりそれはそれは至福のひとときでした。

こんなに良いのを聴いてしまうと、CDはもちろん、他の楽団のは

聴けなくなってしまうなあ???   

古楽器より、モダン楽器による演奏のほうが好きです。

しかし、もしこのホールで古楽器を聴いたら、また感じが違うかもしれない。

それくらい、楽器や箱・・あたりまえだけど大事です。

バッハはオルガンが一番得意だったそうだ。しかし好んで、クラヴィコードもよく

弾いていたという。今、平均律クラヴィーア曲集ばかり弾いているのだが、

というか、それしか弾いていないというか・・・だけど

バッハや、奥さんのアンナ・マグダレーナもクラヴィコードやハープシコードを

毎日演奏し楽しんでいたのかと思うと、信じられない気持ちになる。

300年以上の時を経て、極東の日本で皆がバッハを弾いている。

本当に、不思議に思うし、感激してしまう。

フランス組曲やイギリス組曲はもともと、クラヴィーアのための組曲としており、

フランスとかイギリスとかの名はついていなかった。

特にフランス組曲は、新しく迎えた妻のアンナの為に書いて

プレゼントしたもの。少しやさしく、そして少しずつ技量が上達するよう、

バッハの深い愛情が感じられて、お気に入りの曲たちである。


来月は、アンリ・バルダさんのリサイタルに行きます。

平均律からとなっているプログラム。

私のお気に入りを弾いてくれるといいな。

それとシューベルトです。楽しみです。






忘れえぬ人

投稿日:2017-10-06

ちょっとモスクワとサンクトペテルブルクに

行ってきました。

ちょっとって軽く行けるとこじゃないでしょうーと

言われそう・・・でも ホント

ちょっとだけ行ってきたのです。

旧レニングラードに2日間

モスクワに1日という忙しさ・・トホホ


世界遺産のペテルゴーフやエカテリーナ宮殿

エルミタージュ美術館もしっかり廻りました。

エカテリーナ宮殿のロシア・バロック様式の建築

の見事なこと!!琥珀の間の琥珀すぎること??

この上なしでした。

血の上の救世主教会は外からのみでしたが、美しい

モザイク模様とカラフルなたまねぎ屋根が素敵!

モスクワのワシリー寺院ともよく似ています。


しかしモスクワではなんといっても

クレムリンの武器庫(博物館)がすごいですよ。

またまたおどろきの連続でした。

世界各国からの貢物やピョートル大帝の

王冠やブーツ。その大きいこと大きいこと!!

身長が203cmもありましたのです。

いろいろ宝石がちりばめられた宝物が

数多くあるなかで、一番、私が惹きつけられたのは

何でしょう?


それは、馬車です。

有蓋4輪馬車はイングランドからロシア皇帝に

贈られたもので、世界で残っているのはここ一つ。

ほかにも本当に素晴らしい馬車が当時のままに

5,6台はあったかな?大きくて、木で頑丈に

できていて、美しい(今は色あせている)布が

一面に覆ってカーテンのようにもなっている。

ほんとうにすてき・・・・(ため息)でした。

思い出したのが、むかーーし観た絵画で

「忘れえぬ人」という、馬車からこちらを黒い瞳で

見つめてくるロシア貴婦人の絵。

黒い毛の帽子をかぶり、少し微笑んでいるような

ちょっと上から目線の美しいひと。

ロシアのモナリザとも呼ばれているらしい。

しかしこの絵の馬車より、数段も豪華なものが

目の前にはあった。なんといっても王族の乗られる

馬車ですから。。。しばしその場所をはなれることが

できませんでした。

 






ロシアンピアニズム

投稿日:2017-09-21

セルゲイ・ドレンスキー教授のお話より

まずは、わんぱくだった子供時代のこと。

1940年頃、グレゴリー・ギンスブルグ先生に師事し

中央音楽学校に9歳で入学。

入学試験は、「何かやってごらん?」だったそう・・・

それで、チャイコフスキーの大人っぽい歌曲を

9歳の男の子が歌って合格したんだって。

今や163人の国際コンクール出場のお弟子を

持つという、すごい方!ブーニンもそのひとり。

でも最近のブーニンの演奏と活躍できなくなったことを

とても残念に思われていました。まさに天才だったのに・・


ロシアのピアノ楽派

18C.貴族たちが日常、ホームコンサートを

行うようになり、1860年になって、西ヨーロッパより

成功をおさめた音楽家、教師たちがやってきた。

クレメンティやブゾーニなど・・

遅れてロシアでは西洋音楽が始まったので

ヨーロッパの伝統のすべていいところをもらうことが

できた。

最初から音や音色の素晴らしい現代のピアノが持ち込まれた。

 

ロシア音楽の源流ともいわれる、アントン・ルービンシュタイン。

作曲家であり、指揮者、ピアニスト。偉大なる巨人!!

抒情豊かな国民性がチャイコフスキー、スクリャービン

ムゾルグスキーなどを生む。


モスクワ音楽院では、ピアニストはそのキャリアを

認められたころより、教師として教えなければならないという

習慣があったそうです。そして学生はいつでも超一流の

先生方の演奏が聴けたのです。

ギレリスやオボーリン・・リヒテルだけは、教えなかったらしい。

アルゲリッチと同じように「私と同じ手をもっていなければ、

同様には弾けないのです。同じ音は出せません。」と

思っていたのかな?

アルゲリッチは、今ではよく教えてくださっているけれど


そして師のことばは続きました。

21世紀 クラシック音楽は生きづらく、

ショービジネスがとって変わって主流となってしまった。

とても恥ずかしいことだ。

古典(クラシック)はものごとを正しい方向へと導いていく

力を持ち、心を豊かにする。原点へと帰っていくことができる。

心が浄化され、ネガティブな感情が失われて、ポジティブへと

移っていく。

音楽がなければ、みんなネアンデルタール人だ!!(笑)


最後になりましたが、最初におっしゃった教授の言葉を

記します。

 ゲーテ

「神よ 感謝します。この世に音楽を生み出してくれたことを。」

 教授は

「まったく、自分も同じ気持ちです。」





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