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ピアノ教室コンセール・イグレック♪


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エッセイ:念力〜?

投稿日:2010-07-20

あ、携帯置いてきちゃった。

私にとって地下鉄の中は、生徒たちを離れて携帯メールが打てる絶好の時間。・・・

 

今月に入って以来、12月にコンサートをごいっしょすることになったOboeの山本直人氏に連絡を、と思いつつ、ここのところ一部生徒たちのことで時間外に時間を取られることが多く、ずっとままならず。

それにきょうは栄の南へ向かうから地下鉄後方に乗ればよかったのに、あ、前に乗っちゃった。・・・

 

なんか出始めっからしようがないなぁなど思いつつ地下鉄を降りると、目の前に反対側の階段から駆け上がってくる山本さん! 

も〜ぅ、びっくり〜。

念力が働く様になってきたかのかな〜。いやはや、びっくりです。

 

きょうは、今月から3か月限定で通い始めた「水彩画」レッスンの第2回め。

何気なく始めたのですが、先回の初回時にもういろんな技法を使って絵ハガキサイズの紙にいくつも描くはめに。・・・

初回は絵の具の説明だけ、と聞いていたので、もう綺麗なお洋服?に絵の具は飛ばすは、紙は足りないわ、もう大変っ!

で、挙句に膨大な?宿題!

1枚の画用紙を24×3のコマにわけて、24色の絵の具を1回塗り、2回塗り、3回塗りと色の濃淡のサンプルを作り、赤に青を塗ったものと、青に赤を重ねたものとの色合いの違いを知るためそのパターンを色があるだけ作るのだ、とか。・・・それ、誰がやるの〜?

 

ふ〜む、絵画は観るのは大好きなのですが、描いたことは一度も無い。

ただ家族に絵画をたしなむ者がいて、絵の具はびっちり揃っているし、スケッチブックも筆もごろごろ。おまけに絵画バッグまで。・・・

 

いろんな色合いを観ていると、それは音の融合を似ているところがあって、イメージは掻き立てられる。

あぁ〜、でもそういう分析はもうちょっと何かとりあえず描いてからでもいぃんじゃないの?・・・など早くもへそ曲りなことを考えていたのですが、やっと昨日お休みがあったので、やりました。

3時間以上かかって。・・・(*^_^*)

 

でもきょうはその宿題の成果あって、2時間のクラス内で、こんな絵を描き上げました。まぁるい果物を持参ということで、家で朝撮りしたプチトマトと茗荷です。

         

 

うぉっ、恥ずかしい限りのよわよわしいフォルム〜。・・・ま、我が記念に。 

何でも習い始めは、楽しいもの。(*^^)v

演奏という専門あり、美術鑑賞歴も長いほうで、芸術の深みはわかるもの。はたして気長に続くのか否か。・・・

フォルムの構成力と色彩のもついろいろなキャラクターを思う時、デッサン力には演奏の基礎・・・テンポ、拍感に本づく事柄を、色彩へのアプローチにはアゴーギクやタッチの違いによる音の色彩感など演奏上の応用原理が頭をかすめ、にやっ。

 

まぁピアノも同じで、感覚だけで描いているだけの超初心者としては、大らかさが一番ですね?

芸術は表現だから、いい師の的確なアドバイスは大いに参考にすべきだが、自分なりの工夫が絶対に必要。でもまずは「感じることを大切に」。・・・

How toはいつだって、あとから生きるものですから。!(^^)!

 

エッセイ:楽しかったさくらんぼ狩り

投稿日:2010-06-17

こないだの金曜日、音楽家仲間で山梨へさくらんぼ狩りに出かけました。

この{狩り}シリーズ、1〜2月の苺に始まってブルーベリー、林檎、ぶどう、梨、みかんetc. 何でもアリで、音頭取りはいつも名フィルオーボエ奏者の山本直人さん。

私は久々にお休みのとれる日程でしたし、大のフルーツ好きなので早速参加するぞ、と当日をわくわく楽しみにしていました。

 

帰りは皆の仕事の都合で三々五々解散でしたが、今回はこの山本さんの他に以前ホームコンサートでもご一緒させて頂いたコントラバスの青山さんと、初めてお会いするヴァイオリンの今泉さん、また一昨年のサクランボ狩りでお目にかかったマダムMiki。・・・

 

到着して農園の前でひとしきり説明を受けたあと、さっそく樹に上って、食べた、食べた。

真っ赤に染まったさくらんぼ、見ていてもとってもかわいいです。                                                                                                     

みんなでどの位食べたかしら?佐藤錦の樹なんてグループ占め。

まぁ、一番手は音頭取りの山本さんだと思いますが、私も最後のほうは手を少し休憩しては又「美味しい!」の連続。最近では時期的になかなか参加出来なくなってしまいましたが、久能山石垣苺狩りでは100個以上何個いくかを2人で競った?こともあります。!(^^)!

(ちなみにこの山本直人氏と12月にクリスマスコンサートをすることに

 なりました。詳しくは後日イベント欄にて発表します。お楽しみに!)

 

今年は例年よりやや遅めということで、ほぼ最盛期の美味しいさくらんぼを堪能しました!。その後マダムMikiの別荘に立ち寄らせていただき、バーベキューをご馳走になりました。新緑を見ながらの素敵なベランダでわいわいおしゃべりしながら炭火焼を、また夕方ご主人が戻られると赤ワインが開けられ、まったり気分最高です。

屈託ないおしゃべりに、いつの間にかピアノとチェロの音楽の語らいが始まり、夜が更けました。朝は美しいお庭の優雅なお散歩、鶯やかっこうなど大好きな小鳥たちのさえずりのなか、芯からリラックス、あっという間の素敵なひとときでした。

                           〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

さて翌日曜日は、今夏コンクール参加の生徒たちが集まって、試演会。

ピアノ室を玄関口まで明け渡して、椅子を並べる。

この部屋に10名以上も集まればかなりの緊迫感で、これは当日本番以上の集中力が必要か?と思いますが、何よりこういった会をやるとなると、皆の仕上げ度が格段にアップするので開催の意味があるかなと思っています。

今回は10名のうち7名がみんなの前で披露しました。終わって皆で茶話会。ピアノは日頃個人レッスンなので、こういうところでいろんなおしゃべりを通してお友だちになれるといいですね。

ほかにも、この間を縫って急にもちあがった車の買替えなるか?の話題で、試乗など車屋さんに奔走。・・・大わらわだった週末でもありました。(*^^)v

 

ラ・フォル・ジュルネ2010金沢(2)

投稿日:2010-06-06

この「ラ・フォル・ジュルネ音楽祭」でのピアノはほとんどすべてがフランスメソッドによる優美な音ばかりで、私にとっては心洗われるような時間でした。またこれだけ外来の演奏家の演奏を聴いていると、そして時折若手の日本人の演奏を小耳にはさむと、西洋人と日本人の音感の歴とした違い、我々東洋人に欠落しているリズムの客観性が乏しい点などを明確に理解することが出来、フランスに勉強に行ったくらいずっと集中して音楽と向かい合えるいい時間になりました。 

 

          

     (ストリートオルガン)

 

最後の日はこの2つのコンサートを聴いた後、ひがし茶屋街や近江町市場などを足早に回ってきました。そうして金沢フォーラスというファッションビルを横切ろうと「あ、あそこを出ればバス停目の前ですから。・・・」という友人のナビゲートに正面玄関を出ると、目の前に!携帯中の「パ、パ、パスキエ〜。」思わずカメラを取り出す隙に、金沢在住の友人が携帯電話を切ったパスキエ氏に「ピュイ・ジュ・プレンドル・ユヌ・フォト・アベック・ヴ?(写真を一緒にとって頂けますか?)」とすかさずアプローチ。パスキエ氏は午後のコンサートでコンチェルトが終わったばかりだったらしい。ご機嫌な様子で、3人ともがそれぞれこんな風におさまった。パスキエ氏はニースでもコンサートを聴いたことがあり、懐かしく、嬉しかった。  

 

                             

 

飛んだフォトタイムのおかげで、すぐにバスが来た。

楽しかった金沢タイムも終わり。

帰りはハイウェイバスに揺られて、のんびり戻った。

 

いい音楽をたっぷり聴いたおかげで、翌日からのピアノレッスンもずっと調子がいい。ここのところ西洋人と日本人の拍感の認識の違いを考え、その違いをどう伝えてゆくかに神経をとられてきたが、今回の時間を経て、リズムに客観性をもたせることの重要さに行きあたった。それを生徒たちにどうわかりやすく伝えてゆくか、当面の課題だろう。

それが演奏上の前進力、流動性に、確実につながる。 

 

そういったことがクリアされてくると、さて私自身の中では楽譜の小節割りの問題が出てきた。これが結構むずかしい。皆フレーズは4小節単位が多いのでしょう、なんて軽く言うが、とんでもない。今みているクレメンティのソナタの或る楽章なんか、いきなり5小節で始まる。

で、なんでそんなことする必要があるのかと言えば、楽譜を鳥瞰図的にみたタイムイメージとでも言おうか、演奏全体の進行を把握するにはそこまでの配慮が必要なのだ。

 

そんなことを考えていた矢先5月16日に、日本ピアノ教育連盟東海支部の会合があり、作曲家としてピアニストとして静岡音楽館AOI芸術監督として多彩なご活躍をされている野平一郎氏の講演会があった。前術のような問いはあまりソリスト的頭では考えない。で、そこは作曲家に、ということで、当日講演後親睦パーティがあったので、私はこの機を逃すまいと、クレメンティやモーツァルトのソナタ集、ベートーヴェン「悲愴」のコピー譜などガサッと鞄に詰めこみ出かけたのでした。この日の野平氏はバッハ平均律のレクチャーで「まぁ3,4曲はやりましょう。」と言いながらすごく内容の濃い切りこみで熱演。第1番ハ長調のアナリーゼが終わると、もう90分を過ぎていた。2時間の講座を終えて集中力から解放されているご様子のところに楽譜を持ち出すなど気がひけたが、乾杯のあと思い切って質問してみた。そうして数分の会話の二言三言で、あぁ、もうその言葉があれば、というくらいに合点した。

「モーツァルト以前のような楽曲では偶数でないことも多い。」「ヘミオラが現われるところは3小節になる場合が多くありませんか?」「いや、そうとは限らないが、前から数えて4小節めの完結した小節から新たに始まって1小節めの小節と重なる時がある。」など考え方の方法論をお聞き出来たからだ。「たいへんですね。」と言葉をかけられて「いや、頭わるいものですからひとつわからなくなると将棋倒し状態でして。・・・」と答えると「いや、要するにそれだけいろいろな考え方があるということです。」ともおっしゃった。 

この野平先生がこの日の講演のなかで「もし無人島に行くということになったら私はバッハの平均律を持っていく」と言われたのが印象的。なぜって氏は平均律集のリサイタルもなさっているし、CDも楽器を変えて3枚ほど出版されているという。なのに、それでもまだ考えられる(分析できる)要素がたくさんあると言われるのです。野平先生のような頭脳の持ち主がそう、ということなら、私なんて杖ついて歩くようになってもまだ足りないっていうくらいもう確実に時間がありませんね。(笑)何ともこれからが、楽しみなことです。

 

期せずして、いろんなことがあった5月でした。

そして音楽は、例えば宇宙の神秘を解明しようとする物理学や地質学の研究のようにパシッと割り切れないことばかり。

音楽は一生をかけても「あぁ、やっと少しわかるようになった」などと

思えるくらいのものなのかもしれません。いや、確実にそうでしょう。 

だって音楽はもともと古代ギリシャ時代にあっては「科学」のカテゴリーであったわけですし、西洋音楽はとてもロジカルなものですから。

そしてその理論の軸から放たれる芳香な響きは美しく、感覚を呼び覚ますものです。まるで月から地球を見るように。・・・

 

だから、わからない部分に苛つくより、わかる部分を楽しんで丹念に

音楽と接してゆこう。

  

自分の中でまた新たな発見や感動をえて、有り難い季節でした。

 

                  

 

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